第2回「先輩に立て替えたお昼代をどう催促するか問題」
お金というのは、不思議な性質を持っています。誰かに貸した場合、それこそ本来はこっちに「貸し」があるはずなのに、その返済を求めるときには、むしろ下手に出なければなりません。
それが小さな金額の場合、なまじ大人であろうとすればするほど、ややこしい邪念が渦巻いてしまいます。返済を迫るのは当然の権利なのですが、ひとつ間違えると「ケチなヤツ」というレッテルを貼られるおそれも。もちろん、ちゃんと返さないほうがよっぽどケチなヤツなんですけど、貸した側はそんな理不尽な非難に怯えなければなりません。最初からあげたのならともかく、返ってくるはずのものが返ってこないと、ひじょうに大きなストレスになるし、ひいては人間関係にも影響を及ぼします。
2回目の今回は、身近な相手との小さなお金の貸し借りについて考えてみましょう。
「あとですぐ返すよ」の真意は……!?
同じ課の先輩社員と、会社近くの喫茶店でランチ。ひとり780円でしたが、先輩に、 「あっ、悪いけど、オレ1万円札しかないから立て替えといて。あとですぐ返すよ」 と言われて、「いいですよ」とふたり分を払いました。まさか、その行為がのちに面倒な事件に発展することになろうとは……。 会社に戻って午後の仕事がスタート。ところが先輩は、忙しくて忘れているのか、急ぐ必要はないと思っているのか、返してくれる気配がまったくありません。確かに、会社で仕事をしていても新たに小銭ができるわけではないので、催促するのは気が早すぎます。ただ、レジの前でハッキリ「あとですぐ返すよ」と言ったのは、机の中に小銭があるなど、何かアテがあってのことだったかもしれません。 やきもきしているうちに、とうとう退社時間になりました。先輩はその後、立て替えたお昼代のことにはまったく触れないまま、いつもの口調で「お先に」と帰ってしまいました……。 そして翌日、朝イチで「昨日はありがとう」と返してくれるだろうという淡い期待を抱きつつ出社したものの、それは見事に裏切られました。先輩は、いっこうに780円の件に触れようとしません。しかし、今日は絶対に決着をつけないと、ますます催促しづらくなるし、苦悩を抱える時間も延びてしまいます。さて、どう言って催促すればいいのか……。
気弱な前置きは絶対にタブー
結論から言ってしまえば、ここはいかにさりげなく、いかに当たり前のような口調で、 「そうだ、先輩、昨日のお昼代ですけど」 と切り出せるかが勝負です。ひと晩クヨクヨ考えていただけに、あれこれ気を回して、 「あのー、今日になって言うのは図々しいかもしれないんですけど」 「あのー、こんなこと言うと気を悪くなさるかもしれないんですけど」 といった気弱な前置きをしたくなりますが、それは絶対にタブー。相手は単にうっかり忘れていただけなのに、意識的にトボケていた人扱いをしているみたいになって、間違いなくムッとされるでしょう。 ついやってしまいがちですが、自分を奮い立たせるために勝手に怒りをふくらませて、 「先輩、昨日立て替えたランチ代、いつ返してくれるんですか!」 と詰め寄ってしまうのは、さらに論外。まさに、お金という厄介な魔物にまんまと翻弄されてしまっています。 「そうだ先輩、昨日のお昼代ですけど」 このセリフを肩に力を入れずに発するためには、十分な理論武装が必要。「わざわざ催促するのは、コロッと忘れている先輩のためでもある」「ウヤムヤにしてしまったら、今後の人間関係がギクシャクする」「必要以上に下手に出るのは、相手に対する侮辱である」……などなど、念入りに自分に言い聞かせましょう。 こちらの催促で先輩が思い出して、 「そうだそうだ、悪い悪い!」 と恐縮しつつ返してくれたら、それでめでたしめでたし。こっちも負けずに、 「すいません、催促しちゃって」 と恐縮したり、「いや、いつでもよかったんですけど、自分が忘れちゃいそうだったんで」などと言い訳したりしつつ、なごやかな雰囲気のまま事態を締めくくりましょう。こっちが謝る必要はまったくないのですが、あえて謝って精神的優位に立つことによって、面倒な思いをさせられた恨みを水に流しやすくなります。 ついつい「もういいや」と諦める方向で理論武装したくなりますが、それは事態を悪化させてしまう逃げの選択。先輩を恨む気持ちが肥大していったり、そんなことで恨んでしまう自分が嫌になったりなど、ややこしい感情を蓄積してしまいかねません。小さな金額ならではの底知れぬ恐ろしさを知り、全力で立ち向かうのが大人の勇気です。
石原壮一郎
1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。
カラスヤサトシ
1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。


