第1回「同僚と相乗りしたタクシーにおける支払い問題」

 大人が大人として生きる上で、お金は極めて厄介な存在です。スマートに付き合いたいと思ってはいても、他人が儲かった話を無意味に妬んでしまったり、中途半端にケチ臭い行動に出てしまったりなど、その魔力に振り回されて、つい大人気ない言動をしてしまいがち。しかも、お金がらみでウカツな失敗をしてしまうと、人格を丸ごと疑われて、人間関係に深刻な影響を与えかねません。ああ、くわばらくわばら……。

 この連載では、いろいろな場面を取り上げながら、お金を粋に扱ったり、気楽に接したりするためのマナーと智恵、すなわち「大人のお金力」を追究していきたいと思います。ちなみに、お金を増やすための力はぜんぜん養成されないので、そこは期待しないでください。

お金を制するものは大人を制する——。おのおのの金銭感覚をベースにしつつ、周囲を唸らせる華麗な使いこなし方を模索しましょう。第1回は、大人の修業の場であるタクシーで遭遇しがちなケースについて、大人的な見地から考察を加えてみたいと思います。

先に降りる自分はいくら払うべきか!?

会社のメンバーと飲んでいるうちに、気がつくと終電がなくなっていました。同じ方向の同僚とタクシーに乗り込んで帰路に。自分の家までは、だいたい2000円ぐらいです。その同僚の家はさらに数駅先で、「たぶん、キミの家からは1000円ぐらいかな」とのこと。

 さて、先に降りる自分としては、タクシー代として同僚にいくらわたすべきか……。今日もタクシーに相乗りした大人たちが、こうした状況で激しく葛藤していることでしょう。

「2000円は払い過ぎだよな。だいいち、それだと相乗りの意味がないし……。かといって、1000円だとケチ臭いかな。だけど、それでもこいつは十分に安く済むわけだし……」

 降りる場所が近づくにつれ、いろいろ思いが頭を駆け巡ります。

大人としての「公平な負担」とは?

manga01.jpg仮に自分ひとりで乗ったとしたら、支払額は2000円。同僚も、ひとりで乗ったとしたら3000円。相乗りして3000円で済んだことで、ふたり合わせて2000円が浮きました。その利益を分けると考えるなら、先に降りる自分が同僚に1000円払えば、自分も同僚も1000円ずつトクできる計算になります。

 しかし、これが大人としての「公平な負担」と言えるかどうかは、やや疑問。トクできる額は同じですが、3000円のうち2000円を払うことになる同僚としては、自分のほうが遠いことはわかってはいても、

「なんか、オレのほうが損してないか?」

 という思いを抱きそうです。そんなリスクを避ける意味で、ここは1500円を払ってしまうのが、先に降りる側の大人のバランス感覚。

「えーっと、このぐらいかな」

 そんなふうに呟いて同僚に差し出し、同僚も少し躊躇しながら「あ、悪いね」と受け取ってくれた瞬間、ふたりの胸の中には、阿吽(あうん)の呼吸で困難な状況を乗り越えられた喜びや、深い連帯感が広がることでしょう。たとえ「1000円でいいよ」と言われても、

「いやいや、それだと申し訳ないよ」

と固辞しましょう。サイフに500円玉がなかったら、あるだけの100円玉で、1200〜1300円を払うのでもかまいません。

払い過ぎたるは及ばざるが如し

ただし、1500円を超える金額や、まして2000円を払ってしまうのは、大人として慎みたいマナー違反。ごちゃごちゃ面倒臭いという気持ちはわかりますが、目先の小さな自己満足と引きかえに、同僚に無用の屈辱感を与えてしまうでしょう。

 さらに高度なテクニックとしては、

「えーっと、いくらぐらいかなあ……」

 と迷った素振りを念入りに見せながら、あえて1000円札を2枚出してしまう手もあります。きっと相手は「1000円でいいよ」と言ってくれるに違いありません。このときは、

「えっ、でも、それだと少なくない?」

 なんて言いながら、お言葉に甘えて片方の1000円札を引っ込めても大丈夫。相手に太っ腹な印象を与えつつ、少なめの負担で済んだことで深い満足感も得られます。

万が一、相手があっさり2枚とも受け取ろうとしたら、そのときは全力で平静を装って、すんなりわたすしかありません。降りながら、

「じゃあ、おやすみ」

 と、どれだけ爽やかに言えるかが、大人としての勝負どころ。「今日はいい勉強をさせてもらった」と思って、自分を慰めましょう。

【問題】

今回の講座の状況で、家の近くに着いて先に降りようと思ったら、サイフの中に1万円札しかなかった。同僚は「また今度でいいよ」と言ってくれている。さて、大人としての正しい対応は?

[1] その場で近くのコンビニに寄ってお金をくずし、適正な負担額をわたす
[2] 相手は損はしていないわけなので、お礼を言うぐらいで何もしない
[3] 翌日に会社で「昨日は悪かったね」と謝りつつ、適正な負担額をわたす
[4] 翌日の昼食など、適正な負担額より少な目の金額のものをおごって返す

答えと解説

 同僚は「また今度でいいよ」と言った時点で、今日のタクシー代は自分が負担する覚悟を半分以上は固めているでしょう。[2]の対応でも、きっと恨まれはしません。

しかし、そこで「払わずに済んでトクした」と思ってしまうのは、大人としての計算力が足りなさすぎます。[4]のように「昨日、タクシー代払ってもらっちゃったから、今日の昼飯はおごるよ」と持ちかければ、なんせ一度はあきらめたお金だけに、相手の感激はいかばかりか。ただし、適正な負担額以上のものをおごるのは避けたいところ。損した気分を味わうことになるだけでなく、相手の「お大尽気分」を侵害することにもなります。

 [3]は、きっちりしてはいますが、相手を「執念深い人」扱いしている印象を与える危険性も。[1]は、早く帰りたいのにうっとうしいだけです。言うまでもありませんが、同じ相手との相乗りで、2回続けて「あっ、万札しかないや」と言ったら、「払わずに済ませようとしているケチ野郎」のレッテルを貼られても仕方ありません。


【評価】 [1]−0点 [2]−3点 [3]−2点 [4]−5点

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石原壮一郎

石原壮一郎

1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。

カラスヤサトシ

カラスヤサトシ

1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。