東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第111回

無駄なのでございます。

五月某日 晴

眼鏡屋さんに行く。

わたしの視力は、左右がひどくアンバランスなのだ。

左の視力は0.1、右は、0.01以下である。

「以下、などという曖昧なものではなく、右目の正確な視力を教えて下さい」

 と、いつも眼鏡屋さんに行くたびに頼むのだが、

「そういう検査は、うちでは無理なんですよう」

 と、断られることになっている。

 検査の結果、左目の近視がほんの少し進んでいるので、レンズを換えることとなる。別に持っている老眼鏡の方は、そのままでよろしいとのこと。

 カウンターで相談をしていると、隣の人とお店の人のやりとりが聞こえてくる。隣の人は、「最新の遠近両用眼鏡」についての説明を受けているのだ。

「わ、わたしも、遠近両用にできないんですか」

勢いこんで聞くと、お店の人は重々しく頭をふり、

 「残念ですが、お客さまは、遠くを見る時は左の目しか使っていらっしゃらないし、近くを見る時には右の目しか使っていらっしゃらないのです。遠近両用にしても、無駄なのでございます」

 と、きっぱり答えるのだった。

 す、すると、わたしはいつも片目でしか世界を見ていなかったのか!?

 ころびやすいのも、すぐに部屋の中のものにぶつかってあざをつくりやすいのも、すべてそのせいだったのか!?

 生まれて初めて知るその事実に、大ショック。

 

五月某日 雨

 この夏に公開されるスタジオジブリの映画「赤毛のアン」を見る。プログラムに載るインタビューのためである。

 アンや、グリーンゲーブルズや、マシューや、マリラに、じいっと見入る。

(今わたしは、左の目だけでこの人たちを見ているんだ)

 と思いながら、じいっと、見入る。

 

五月某日 曇tokyo-2010-07a.gif

 文学賞の選考会。

 会議室のようなところで、机をかこんで選考はおこなわれるのである。

(今わたしは、目の前の小川洋子さんや町田康さんの顔を、右の目で見ているんだろうか、それとも左の目で見ているんだろうか)

 と思いながら、論議に加わる。

(たぶん、すぐ隣の小川さんは右の目、少し遠い向かい側の町田さんは、左の目で見ているんだろうな)

 左右の目を、そのようにばらばらに使tokyo-2010-07b.gifいつつ、引き続き論議に参加する。

 

 五月某日 晴

  近所で、鷹を連れた人をまた発見する。

  前の時(東京日記第86回参照)は、自転車のかごに鷹をとまらせたおじさんだったけれど、今日は腕に鷹をとまらせたお兄さんである。

 三鷹駅のコンコースを、お兄さんは堂々と歩いていた。鷹は、微動だにしない。この前の鷹とは、少し種類が違うようである。尾羽根には、黒い縞ではなく、黄色い縞が入っている。

 鷹率高し、三鷹市。

  • 第121回  ソリティア断ち。
  • 第120回  すぽん。
  • 第119回  激しく後悔。
  • 第118回  すべて空白。
  • 第117回  必然性なし。
  • 第116回  経費節減。
  • 第115回  精神的DVD。
  • 第114回  うふびたにさん。
  • 第113回  おかあさん、ニューヨークなの。
  • 第112回  聞き耳をたてる。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)
作家。1958年、東京生まれ。著書に、『蛇を踏む』(芥川賞受賞) 『センセイの鞄』(谷崎賞受賞) 『神様』 『ハヅキさんのこと』 『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)『風花』 『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』『東京日記2ほかに踊りを知らない。』ほか多数。
最新刊「東京日記3 ナマズの幸運。」も、好評発売中。

平凡社

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