無駄なのでございます。
五月某日 晴
眼鏡屋さんに行く。
わたしの視力は、左右がひどくアンバランスなのだ。
左の視力は0.1、右は、0.01以下である。
「以下、などという曖昧なものではなく、右目の正確な視力を教えて下さい」
と、いつも眼鏡屋さんに行くたびに頼むのだが、
「そういう検査は、うちでは無理なんですよう」
と、断られることになっている。
検査の結果、左目の近視がほんの少し進んでいるので、レンズを換えることとなる。別に持っている老眼鏡の方は、そのままでよろしいとのこと。
カウンターで相談をしていると、隣の人とお店の人のやりとりが聞こえてくる。隣の人は、「最新の遠近両用眼鏡」についての説明を受けているのだ。
「わ、わたしも、遠近両用にできないんですか」
勢いこんで聞くと、お店の人は重々しく頭をふり、
「残念ですが、お客さまは、遠くを見る時は左の目しか使っていらっしゃらないし、近くを見る時には右の目しか使っていらっしゃらないのです。遠近両用にしても、無駄なのでございます」
と、きっぱり答えるのだった。
す、すると、わたしはいつも片目でしか世界を見ていなかったのか!?
ころびやすいのも、すぐに部屋の中のものにぶつかってあざをつくりやすいのも、すべてそのせいだったのか!?
生まれて初めて知るその事実に、大ショック。
五月某日 雨
この夏に公開されるスタジオジブリの映画「赤毛のアン」を見る。プログラムに載るインタビューのためである。
アンや、グリーンゲーブルズや、マシューや、マリラに、じいっと見入る。
(今わたしは、左の目だけでこの人たちを見ているんだ)
と思いながら、じいっと、見入る。
五月某日 曇
文学賞の選考会。
会議室のようなところで、机をかこんで選考はおこなわれるのである。
(今わたしは、目の前の小川洋子さんや町田康さんの顔を、右の目で見ているんだろうか、それとも左の目で見ているんだろうか)
と思いながら、論議に加わる。
(たぶん、すぐ隣の小川さんは右の目、少し遠い向かい側の町田さんは、左の目で見ているんだろうな)
左右の目を、そのようにばらばらに使
いつつ、引き続き論議に参加する。
五月某日 晴
近所で、鷹を連れた人をまた発見する。
前の時(東京日記第86回参照)は、自転車のかごに鷹をとまらせたおじさんだったけれど、今日は腕に鷹をとまらせたお兄さんである。
三鷹駅のコンコースを、お兄さんは堂々と歩いていた。鷹は、微動だにしない。この前の鷹とは、少し種類が違うようである。尾羽根には、黒い縞ではなく、黄色い縞が入っている。
鷹率高し、三鷹市。
