東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第110回

アフターデス。

四月某日 晴

 

友だちと、夕飯。

ピザを食べたいと友だちが言うので、飲み屋さんがたくさん集まった小路にある、一度入ってみたいと思っていたひどく古びたお店、「ピザ&バー ペーパームーン」に入る。

 こわごわ店に入ると、そこはアメリカ西海岸ふうの普通のバーで、ひとまず安心する。

 ピザと一緒に、店主はホットチリソースを三本、卓に持ってきた。

一本めは、「アフターデスソース」。

二本めは、「サドンデスソース」。

最後のは、「ウルトラデスソース」という名である。

「どれも、心底、辛いです。死ぬ可能性もありますから、たくさんかけないで下さい」

無表情に、店主は言った。

こわくて、もちろん友だちもわたしも手を出さなかった。ピザの味は、まあまあ。

 

四月某日 曇

 

でも、やっぱりデスソースは、試すべきだったのではないかと、突然気もそぞろになる。

友だちに電話して、ふたたび「ピザ&バー ペーパームーン」を訪ねることを提案。

 

四月某日 雨

 

 「ペーパームーン」を再訪。

けれど、表にはこんな張紙が。

「事情により店じまいのはこびとなりました。長年のご愛顧を感謝いたします。なお、デスソース愛好会の活動は、引き続きおこなう所存です」

「デスソース愛好会」の連絡先が書いていないかと探したけれど、どこにもなかった。

ああ、せめて一滴ずつでも、味わっておくべきだった、アフターと、サドンと、ウルトラ。

 

四月某日 晴

 

近所を散歩。

有料駐車場の誘導をしている、やせたおばあさんの警備員が、耳にきれいなパールのピアスをしているのを発見。

作業服とパールピアスが、こんなに似合うなんて。

 

四月某日 雨

 

新宿伊勢丹前で、紺色のスーツの胸ポケットから、「せんとくん」の携帯ストラップが飛び出ているおじさんを発見。

とっても、微妙。

 

四月某日 曇

2010a.gif 

 「POLICE」とロゴの入ったエナメルバッグを斜めがけしている警官六人を、総武線の中で発見。

 警察の人たちなのだから、そりゃあ「POLICE」なのだろうけれど、なんとなく釈然としない。

 斜めがけ、あるいは、エナメル、というあたりが、あやしさのポイントか。

 

四月某日 晴

 

 近所を散歩。

 「ペーパームーン」に行ってみる。

 やはり店は閉じており、張紙もなくなっていた。ただ、固く閉じられた鎧戸に、血の色のペンキで、

 「メガデスソースも忘れるな!!!」

 tokyo-2010-06b.gifと吹きつけてある。

 メガデスソース。

 それは、四番めのデスソースなのか?

 謎は深まるばかりである。

  • 第121回  ソリティア断ち。
  • 第120回  すぽん。
  • 第119回  激しく後悔。
  • 第118回  すべて空白。
  • 第117回  必然性なし。
  • 第116回  経費節減。
  • 第115回  精神的DVD。
  • 第114回  うふびたにさん。
  • 第113回  おかあさん、ニューヨークなの。
  • 第112回  聞き耳をたてる。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)
作家。1958年、東京生まれ。著書に、『蛇を踏む』(芥川賞受賞) 『センセイの鞄』(谷崎賞受賞) 『神様』 『ハヅキさんのこと』 『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)『風花』 『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』『東京日記2ほかに踊りを知らない。』ほか多数。
最新刊「東京日記3 ナマズの幸運。」も、好評発売中。

平凡社

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