東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第109回

十七回め。

三月某日 晴

 

 雑誌の、「片づけ特集」号を買ってきて、熟読する。

  「多くの人が、リバウンドに苦しめられています」

という文章を発見して、びっくりする。

リバウンド。

 ダイエットに成功した後に、ふたたびじわじわと太りはじめてしまった時にだけ、使う言葉なのだと思っていた。けれど、どうやら「片づけ界」においても、「片づけに成功したのち、ふたたびじわじわと部屋が散らかってきてしまった」ことを、リバウンドというらしいのである。

 とすれば、

 「家の中で一日じゅうパジャマで過ごさず、ちゃんとした服に着替える習慣がついたのち、ふたたびパジャマにずるずる戻ってしまった」

 「休肝日を週二回もうける習慣がついたのち、ふたたび毎日飲むようになってしまった」

 「ドラクエを繰り返しやる習慣を絶ったのち、十七回めをまた始めた」

 「好物でも床に落ちた食べものは拾わない習慣がついたのち、やっぱり拾って食べた」

 等々、思い起こしてみれば、わたしの人生「リバウンド」だらけである。

 明日から「リバウンド川上」と名乗ろうかと本気で吟味しつつ、就寝。

 

三月某日 雨

 

友だちから、電話。

「あのね、あたし、前に阿修羅展に行った話、したよね」

と、友だち。

「二時間並んだことも、言ったよね」

「うん」

「日本人は、阿修羅がこんなにも大好きなんだって思ったことも、言ったよね」

「うん」

「で、昨日は土偶展に行ったの。そしたら、これも一時間半待ちだったの」

「うん」

「阿修羅はまあわかるとして、日本人って、土偶のことも、それほど好きだったの? ねえ、日本人って、どういう人たちなの」

 憤然と、友だちは聞くのだった。tokyo-2010-05a.gif

 わたしにも、わかりません。

 

三月某日 曇ときどき雪

 

電車に乗る。

寒い日で、雪もちらつきはじめた。

扉の横に、胸もとがものすごくあいた服を着ている女の子が立っている。

寒いので、女の子の胸には鳥はだがたっている。

大きないいかたちの胸で、まんなかには深い谷もできていて、ぜんたいにとっても美しいのだけれど、鳥はだのせいで、次第にその胸がざらざらした肌のお尻にみえてきて、どぎまぎする。

 胸の美しいみなさん。

鳥はだが立ちそうな日には、あんまりくりの深くない服を着たほうが、無難だと思います。

 

三月某日 雨

居酒屋で、お酒を飲む。

たくさんの種類の焼酎が置いてあるお店である。焼酎もおいしいし、料理もいい。

店主がしているエプロンに、「ラーメンすえよし」というロゴが入っているので、

「ラーメンすえよしとは、どこにあるお店なんですか」

と聞いてみる。

「ラーメンすえよしは、この店です」

「ああ、このお店の前身はラーメン屋さんだったんですか」

tokyo-2010-05b.gif「いや、今もここは、れっきとしたラーメンすえよしです」

けれど、お店のメニューには、ラーメンは、ない。看板に書いてある店名も、「ラーメンすえよし」とはまったく違う。

「で、でも、ここはラーメンすえよしなんですね」

気弱に確認すると、店主は大きくうなずいた。それから、大きな腹をさらに大きく突き出して、ゆさゆさと揺らすのだった。

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  • 第118回  すべて空白。
  • 第117回  必然性なし。
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  • 第114回  うふびたにさん。
  • 第113回  おかあさん、ニューヨークなの。
  • 第112回  聞き耳をたてる。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)
作家。1958年、東京生まれ。著書に、『蛇を踏む』(芥川賞受賞) 『センセイの鞄』(谷崎賞受賞) 『神様』 『ハヅキさんのこと』 『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞受賞)『風花』 『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』『東京日記2ほかに踊りを知らない。』ほか多数。
最新刊「東京日記3 ナマズの幸運。」も、好評発売中。

平凡社

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