馬に注意。
二月某日 晴
散歩に行く。
一時間半ほどぼんやり歩いていたら、実家のある駅に着いてしまった。
そのまま実家に行こうかどうしようか、ひどく迷う。
手ぶらで、ちり紙しか持っていなくて、おまけに、今書いている小説のことを道々考えていたせいで、ものすごく邪悪な顔になっているとおぼしいからだ(小説の筋や細かなあれこれを考える時、わたしはいつもひどく邪悪な顔つきになるらしい)。
さんざん迷ったすえ、結局実家に行く。帰りも歩くには疲れてしまっていたので、電車賃120円を借りる必要があったのだ。
できるだけ柔和な表情をつくり、そっとチャイムを押す。
さいわい、表情については事なきをえたが、51歳にもなって電車賃の120円すら所持していないことについて、がみがみと叱られる。
ほうほうの体で、帰宅。
二月某日 晴
お寿司を食べに、町に出る。
けれど、めあてのお店は、臨時休業。
代わりに入るお店をさがしてぼんやりと歩いてゆくうちに、町はずれに出てしまう。
住宅街の道すじに車両通行禁止の看板があり、その看板の隅に、
「馬に注意」
と書いてある。
何回も目をこすって読み直したが、まちがいはない。
いったいこの町の、どこに、どんな、馬が!?
二月某日 雨
この前臨時休業だったお寿司屋さんを、ふたたび訪ねる。
開いていて、安心する。
「どうしたんですかこの前は。風邪でもひいたんですか」
と聞くと、ご主人は頭を掻きながら、
「いやあ、ほたてに嚙まれちゃって」
「えっ、ほたて」
「ええ、ほたて。ひとさし指をこう、がぶりとね」
「がぶり。血は出たんですか」
「そりゃあもう、どくどくと。包帯して鮨握れないから、しょうがない、この前は休みにしちゃいましたよ」
ほたてが、そんなにも凶暴だったなんて、今の今までまったく知らなかった。
馬といい、ほたてといい、まだまだ人生は知らないことだらけである。
二月某日 雪
遅ればせの新年会。
死んだ飼い犬の骨を、ペンダントにして首からさげている人がいて、驚く。
「どの子とも離れがたくて、こうやってペンダントにしていつも身につけてるんです。このほかにも、猫が三匹ぶんに、犬もあと二匹ぶん。カピバラも飼ってたんですけれど、これは火葬にしないで庭に埋めたから、骨はないんです」
とのこと。
骨は、ざらざらしていて、珊瑚に似ていた。
その夜は、少し焼酎を飲みすぎて、悪酔い。
