佐藤優 : キリスト教神学概論

第8回 「日本キリスト教の精神的伝統 (2)」

●『日本基督教の精神的伝統』の構成

 『日本基督教の精神的伝統』の目次は、次のようになっています。なお、戦前、戦中の出版物からの引用については、新漢字、旧かなを原則とします。

〈序説
 第一章 方法論
 第二章 日本類型の性格
前篇 歴史的連関
 第一章 仏教を媒介とせる体得
 第二章 仏教的体得に於ける困難
 第三章 儒教による理解の進歩
 第四章 神道による理解の進歩
後篇 自覚的発展
 第一章 精神主義の伝統
 第二章 国民意識の地盤
 第三章 救贖思想の深刻化
結語〉

(魚木忠一『日本基督教の精神的伝統』基督教思想叢書刊行会、1941年、頁なし)

日本のキリスト教徒は佐幕派が多い関係で、儒教的伝統とキリスト教の継承関係については、神学の世界でもよく理解されています。しかし、神道と仏教の影響については、それまで真剣に考察されてきませんでした。このことを神学的論点としたことが魚木の優れたところだと私は考えています。


●キリスト教は精神的宗教である

 魚木は、キリスト教を精神的宗教であると規定します。これは、霊的宗教と言い換えてもよいと思います。魚木自身は優れた歴史神学者ですが、神学的教義や宗教哲学はキリスト教の本質とは関係ないと考えるのです。方法論の冒頭箇所を、少し長くなりますが、正確に引用します。

〈基督教は精神的宗教である。精神といふ語は色々に用ひられ、意味内容が不明瞭になり易いものであるが、此処には、教理を中心的なものと見る教理的哲学的宗教から区別する意味で、精神的宗教といふ語を用ひようと思ふ。儒教が礼教的宗教であるのに較べて、仏教が哲学的教理的宗教たる性格を持つことは誰も認める処であらう。儒仏二教のかゝる特質に対して生命的な体験を中心として存続する基督教の性格を、精神的宗教と名づけても差支へないだらう。原始教会以来、直接にして独自なる宗教経験に入つた時に、基督教徒はそれを霊(プニユーマ)(筆者註 ギリシア語のプネウマ πνευμα のこと)の経験と考へ、かゝる霊経験によつて、霊的人間の在り方に到ると確信した。教会歴史の最初を飾るあの五旬節(筆者註 ペンテコステ)事件は、幾千人もの求道者が、かやうな霊の経験に共に与つたことを物語つて居る。かゝる根本的性格は、時代と共に発展を遂げ種々の形態を採つて現はれたと雖も、尚基督教の特質を成して歴史の全体を貫き、礼教的宗教にも亦哲学的教理的宗教にも変つて行かない。私はこの性格を見て、基督教を精神的宗教と呼ばふと思ふ。〉
(前掲書3~4頁)

 

 

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(2008年3月19日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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