佐藤優 : キリスト教神学概論

第6回 「神の場所(6)-「救い」とは何か」

●一神教は不寛容であるというのは本当か?

 日本では一神教に関する誤解があります。一神教は単一の世界観に基づくため、自らの信仰を人に強要する傾向があるという議論がありますが、それは嘘です。一神教世界の人の関心は(神との関係における)自分自身の救いですから、人の救いなどはどうでもいいのです。他人の救いに関心があるのはイエスぐらいで、普通の人は基本的に自分のことで手一杯なのです。これが一神教の標準的な感覚です。
 ですから、エルサレムに行くと、キリスト教徒とユダヤ教徒、ムスリム(イスラーム教徒)の人たちが並存、共存しているのです。キリスト教の中でもヤコブ派とかコプト教会、アルメニアの連中などの、まったく異なる宗派の教会が、それこそ文字通りに並存しているわけです。お互いの教義については何も知りません。関心がないのです。自分にとっての救済しか関心がないから、他人がどういう道筋を通って救済されるかということはどうでもいいのです。他者に対する大いなる無関心から宗教的な寛容が出てきて、結果として並存することになる。こういう構成です。だから、中東キリスト教と中東イスラームの間の紛争は、かつてはほとんどありませんでした。ああいう形で宗教紛争が大規模かつ恒常的に起きるようになったのは、近代以降の現象です
。


●救済宗教としてのキリスト教

キリスト教は究極的なところで人間的なるものを信じません。だから、アンチ・ヒューマニズムなのです。また、キリスト教には知性に対して根源的な懐疑があります。いくら知的に積み重ねられた議論でも、最終的な救いにつながるかどうかはわからないからです。あるいは、知的な訓練を積んでいなくとも、ある瞬間に何らかの偶然で救われてしまう人がいるかもしれないと考えます。従って、キリスト教は仏教などと比べると、知性に対する懐疑心がきわめて強い、そういう性格を持った宗教なのです。
 では、「救済」、「救われる」とはどういうことなのでしょうか。これは一種のトートロジー(同語反復)になりますが、キリスト教の表象からすると、終わりの日に永遠の命が得られる、という考え方です。われわれのイメージからすると、人間の存在が永続すること、個別性をもって「在る」が続いていくこと。それが「救い」なのです。そこにおいては、歴史もすべて終焉します。仏教では対照的に、これは輪廻転生の世界から永遠に抜け出せないような、迷いの極めつきの状態です。
 ただし、現在は救いに向けた中間時なので、最後の救いの瞬間になるまで、われわれには具体的な像はわからないのです。そうすると、最後の瞬間に火に焼かれず、保全されるほうのリストに自分が選ばれているという確信を持つことこそが「救い」です。キリスト教の内在的論理だと、そうなります。
 これを受け入れるかどうかは、究極的には各人の趣味の問題です。キリスト教のように有の論理を取るか、仏教のように無の論理もしくは空の論理を取るかという立場設定の問題なのです。つまり、どちらが正しいかを争っても意味はありません。ただし、日本を含めた仏教的な文化圏は後者を取りますが、それ以外の世界では前者を取ることになります。つまり現在の世界では、自己が永続することに意味を見いだすのが、圧倒的多数派なのです。
 私たち日本人は、他の世界の人たちと、地の刷り込みが逆なのです。だから、日本の常識はだいたい世界の非常識になる。これは多数派/少数派の問題です。ただ私の場合は、地の刷り込みが一般的な日本人とは逆だから、日本では少数派ですが、国際的なスタンダードでは、多数派の発想になるわけです。ただ私も日本人だから、日本の発想のあり方がヨーロッパ人やアメリカ人よりはよく分かる。そういう重層構造です。

 

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(2008年3月 5日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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