佐藤優 : キリスト教神学概論

第3回 「神の場所(3)-イエス・キリストとは誰か」

●イエス・キリストの意味

 イエス・キリストというのは、名前と名字ではありません。イエスとは、1世紀のパレスチナにごく普通にあった名前です。日本では、太郎とか次郎といった類です。これに対して、キリストとは、「油を注がれた者」という意味です。ユダヤでは王が即位するときに油を注ぐ儀式があります。王は民族の救い主としての機能も果たします。従って、キリストとは救い主を意味します。つまり、イエス・キリストとは、紀元前3年頃から紀元30年頃まで、パレスチナの地で生きたイエスというひとりの男が、人間の救済をもたらすキリストであるという信仰告白なのです。イエスが救い主であるということを、あれこれと手を変え品を変え説明することが神学の仕事なのです。
 ちなみに、イエス自身は、自らをキリスト教の創唱者とは考えていませんでした。あくまでも忠実なユダヤ教徒と考えていました。しかし、イエスの言説が、既成のユダヤ教の枠組みを超えていたことは間違いありません。
 キリスト教の創設者は、パウロです。パウロは、生前にイエスと会ったことは一度もありません。むしろ、キリスト教徒を弾圧する側にいたのですが、回心して、イエスを教祖とするキリスト教という宗教を創るのです。
 それから、イエスは知識人ではありません。当時の教養の水準からするならば、「中の上」くらいでしょう。しかし、類まれな洞察力をもっていました。そして、その洞察力によって「神の子」であることを自覚したのです。


●史的イエスの探究

 イエス・キリストが、キリスト教の根本です。中世まで、イエスの実在や復活の事実について、疑いをさしはさむ人々はほとんどいませんでした。しかし、合理的思考が17世紀半ば頃から少しずつ発展し、18世紀には啓蒙主義という形で世界的流行になりました。啓蒙主義者は、理性の光りによって、暗い世界全体を光らせることができると考えました。
 すべての人間が理性を共有しています。従って、理性を基準に偏りのないデータを集め、理性の力で読み解いていくならば、誰もが真理をつかむことができると考えました。そして、その手法を用いて歴史的なイエスの伝記を客観的に確立することができると神学者たちは考えました。これを「史的イエスの探究」と言います。
 しかし、史的イエスの探究は、神学を迷路に誘ってしまいました。すなわち、紀元前3年頃から紀元30年頃に、パレスチナにイエスという男がいたことを誰も客観的かつ実証的に確定できないということになりました。
 これと同時に、紀元前3年頃から紀元30年頃に、パレスチナにイエスという男がいなかったというアリバイ証明についても誰も客観的かつ実証的に確定できないということになりました。
 要するに、キリスト教は、教祖イエスの実在がきわめて怪しげな宗教であるという結論になったのです。現代神学は、この大前提から開始しなくてはならないのです。
 この史的イエスの研究から、神学には、二つの流れが出てきます。
 第一は、イエスは歴史的に存在せず、そのような人物に関する物語を人間が創ったのだと考える潮流です。次第にこの人々は、神は存在しないという無神論に傾いていきます。フォイエルバッハやマルクスはこの系譜です。現在の日本でも、神がいないという無神論や宗教批判について本格的に勉強したい人は、例えば、同志社大学の神学部で勉強すれば、そこには関連する資料が十分あります。
第二は、イエスが歴史的に存在したかどうかという史実については、とりあえず「どちらかわからない」という蓋然性の括弧の中にくくっておいた上で、イエス・キリストが救済主であると信じるいくつかの集団が、少なくとも一世紀の終わりには存在したという事実が歴史的に確定されていることは確かなので、とりあえず実証的な研究はそこで諦めて、この集団がどのような世界観や救済観をもっていたかということに神学研究の軸足を移していく流れです。私は、この流れに属します。

 

 

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(2008年2月13日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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