佐藤優 : キリスト教神学概論

第2回 「神の場所(2)-キリスト教とは何か」

●なぜ教会から足が遠のいたか

 しかし、保釈後、私は、教会からは足が遠のいてしまったのです。きっかけは実に些細なことでした。私が尊敬するある大学名誉教授が、某キリスト教主義大学の幹部にあたって、私の再就職の可能性について打診してくれました。答えは、「事件の真実は、神様しか知らない。しかし、まず裁判で無罪をとってきなさい。それが再就職の絶対的条件です」という話でした。そもそも大学に再就職しようという気持ちはありませんでしたので、この回答自体は、別に何とも思いませんでした。しかし、刑事裁判で無罪をとってくることをキリスト教主義大学の職員を採用する基準として、牧師であり有名なプロテスタント神学者であるこの人物がもっているということに、私はほんとうにショックを受けました。なぜなら、キリスト教の教祖であるイエス・キリストは、刑事裁判で有罪判決を言い渡され、十字架で処刑された犯罪者だからです。地上の裁判に対するこの神学者の意識を知った瞬間から、私は日本の教会に行く気持ちがなくなってしまったのです。なぜなら、これはこの高名な神学者だけでなく、日本の標準的キリスト教徒の意識だと私が感じたからです。
 ひとたびそのような気持ちをもつと、悪い記憶だけが連鎖してくるようになります。同志社大学神学部出身の牧師で、鈴木宗男疑惑が始まった当初は、「頑張れ。何があっても支援する」と言っていた人のうち、大多数が、実際に私が逮捕されると「一切関わりになりたくない」と言って逃げてしまったことや、「悔い改めないからこういうことになる」と言っていた牧師がいたという類の話が思い出され、どうも日本の教会に行ってもそこに神がいると感じられなくなってしまったのです。
 いまでも、子供の頃、母に手を引かれて通った教会、あるいは十字架のかわりに茨の冠が天井から下がっている同志社大学神学館3階の礼拝堂には、そこに神がいたのだと確信しています。


●救済宗教

 もしかすると将来、私が日本の教会にも神がいると再び感じるようなときが来るかもしれません。そのときは、学生時代やモスクワ時代のように、日曜日には教会に行くというのが、私の生活習慣になるかもしれません。しかし、教会に行かなくなってから、私は聖書を読むことと祈る回数が明らかに増えました。北朝鮮にも、平壌にカトリック教会、プロテスタント教会、正教会があります。朝鮮キリスト教連盟という組織もあり、朝鮮社会民主党(北朝鮮は複数政党制をとっています。朝鮮労働党以外に天道教青友党と朝鮮社会民主党があります)に所属する国会議員もいます。しかし、これらの教会、宗教団体、政党が北朝鮮当局の統制下にあることは明白です。北朝鮮では、多くのキリスト教徒が自宅で聖書を読み、祈ることで信仰を維持しています。
 私は、「教会に行くな」と言っているのではありません。私は、いまの日本の教会に行っても、私はそこに神を感じることができなくなってしまった、つまり教会の建物の中に入っても救いを感じないので教会に行っていないという自分の気持ちを素直に述べているだけです。しかし、私は、イエス・キリストを頭とする「見えない教会」の一員であるという意識は強くもっています。
 なぜ、私がこのようなことをくどくどと述べるかというと、キリスト教は、個人の救済を基本とする救済宗教だからです。キリスト教の本質は、教義、神学、道徳、倫理、文化などではなく、キリスト教を信じると言うことで「救われた」と感じることにあるのです。

 

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(2008年2月 6日更新)
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佐藤優
写真提供=共同通信社
【著者略歴】
1960年生。起訴休職外務事務官・作家。同志社大学神学部卒業。同大学院神学研究科終了。緒方純雄教授に師事し、組織神学を学ぶ。1985年に外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本大使館などを経て、外務省本省国際情報局分析第一課に勤務。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)を務める。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月、執行猶予つき有罪判決を受け、現在上告中。『自壊する帝国』(新潮社)で第38回大宅壮一ノンフィクション賞、並びに第5回新潮ドキュメント賞、『国家の罠』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『私のマルクス』(文藝春秋)、『獄中記』(岩波書店)など著書多数。

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