第4回 「神の場所(4)-日本のキリスト教」
●日本とキリスト教
日本にキリスト教(カトリシズム)が入ってきたのは、16世紀のことでしたが、徳川幕府のキリスト教禁圧政策によって、キリスト教の伝統は、日本人の中では、一旦、断絶されます。
私は、豊臣秀吉がカトリシズムに対し警戒感を持ってキリスト教を禁止し、その後、徳川家光が徹底的なキリシタン弾圧政策に出たことについては、それなりの正当な根拠があると考えます。カトリシズムの本質は普遍主義です。カトリックという言葉自体に普遍的という意味があります。当時のカトリック教会はスペイン、ポルトガルという巨大帝国と結びついていました。宗教が政治と結びつくと強力なイデオロギーとして作用します。このようなキリスト教は、政治的にとても危険なのです。そのようなイデオロギー化したキリスト教に対して、日本国家が安全保障上の観点、すなわち植民地にされないようにするために国を閉ざしたことは当然と思います。
もっとも鎖国といっても、オランダ、中国、朝鮮、そして「幕藩体制における異国」であった琉球と、日本は外交と貿易を行っていました。客観的に見れば、日本の安全保障を毀損しない形態で、外交、通商活動を行っていたということです。
誤解なきように付言しておきますが、現代のカトリシズムには、16世紀のような危険はありません。今もカトリシズムは普遍主義であるということ自体は変化していません。しかし、現代のカトリック教会は、バチカン市国を除けば特定の国家と一体化していません。バチカン市国には世界支配の野望はありません。従って、プロテスタント教徒の一部に残っている反カトリック感情には根拠がありません。
●キリスト教と文明開化
日本が再びキリスト教の影響を受けるのは19世紀後半の開国後、とくに明治維新後のことです。文明開化とともにキリスト教が入ってきたため、日本ではキリスト教は学識と親和的に思われていますが、実はそうではありません。キリスト教は究極的なところで人間の知性を信用しません。当時のカトリシズムの場合、中世にあこがれる反近代的性格が濃厚だったので、キリスト教の反知性的性格について誤解が生じる可能性は少なかったのですが、プロテスタンティズムの場合は、近代思想と混同されてしまいました。
もっともヨーロッパでは、カトリシズムの中にも啓蒙主義を取り入れた潮流もあります。従って、カトリシズムが反啓蒙主義で、近代主義との親和性が低いと考えるのは間違いです。
●プロテスタンティズムと啓蒙
これには事情があります。16世紀にルターやツビングリ、カルバンが開始した宗教改革は、原始キリスト教に戻れという復古主義運動でした。カトリシズムよりも反知性的、反文明的なのです。このようなプロテスタンティズムを神学用語では古プロテスタンティズムといいます。
18世紀に入り、啓蒙主義が台頭します。啓蒙主義は暗闇の中にろうそくで光をつけると周囲が見えるようになるというイメージから考えるとよくわかります。一本のろうそくでは暗くてよく見えない部屋の様子が、ろうそくを二本、三本と増やすことによってどんどん見えてくるようになるという考え方です。ろうそくが知識です。知識を増やせば世の中のことがよりよくわかるというのが啓蒙主義の考え方です。いくつかの偶然が重なり、プロテスタンティズムの主流派は啓蒙主義をうまく取り込みました。その結果、自由主義的プロテスタンティズムというものが生まれます。この経緯は錯綜しているので別の機会に詳しく述べたいと思いますが、そのような事実があるということだけ覚えておいて下さい。日本に入って来たプロテスタンティズムは、このような自由主義的プロテスタンティズムなのです。
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